堕蟲網家頁について 10月18日(土)

あっという間の出来事で1999年10月に
Gaiaxという簡易無料個人サイトを
開いてからかれこれ4年の歳月。
そもそも揶揄や批評でもなければ
己の着手した分野に対し
何かを掴み、発言に昇華するまでには
10年ほどの経過を待たねばならないと
私は基準を決めている。
1〜2年でその“何か”が解るなんざあ
余程のエリートや名人上手、天才秀才なら
つゆ知らず、私の如く莫迦でのろまで、
凡才を引っ提げた人間が判断を急げば、
それは間違いなく間違いを引き起こすだろう
との考えの基である。
かじった程度での発言は
揶揄や批評いやいや感想の域を脱すはずもなく、
文句・愚痴・弁解の類とまるで変わらない。
もと言えば嘘、噂でも言い過ぎではないだろう。
であるから
もっとも何か結論じみたことなんざあ
書ける理由が見あたらない。
個人ウェブサイトを
5年やそこら運営したからといって
何がどうというわけでもない。
だからこれから後の発言は良く言えば
発展途上の中途半端な姿勢を示すもととなり、
悪く言えば前述の如くとなるのである。

まず個人ウェブサイトなんて本当に必要なのか?
ってことだ。
恐らく作ってる当人ですら必要ないと
思ってるのではないか?ということ。
当たり前だ!と言う人も多いだろうね。
そりゃそうだ。誰でも解ることだ。
だからあえてそんなありきたりなことを
書いても仕方がないので、割愛する。

現代は良くも悪くもオリジナリティの時代で
あろうとかなんとかどっかで読んだことがある。
確かにみんなで手と手を取り合って
生きて行かなくても、
自家用車と生活費を有していれば、
生活できるのだから、
別段そりを合わせなくても生きていける。
車で日本国内何処でも行けるし、
金があればナンでも出来る。
愛が無くとも本人が欲していなければ
さほどに支障がなく、
多少おかしな人の方が暮らしやすいとも云える。
だから
「自分の人生は自分でけつ拭けばそれでよい」
社会である。
いや寧ろ、一度しかない人生だから
自分で自分の思うように描くべきだと思い、
現代にけちを付け己の正当性なり、
独自性なりを表現できない奴は現代人でない
と云えるのだろう。
するっていと個人ウェブサイトは
割と真っ当な現代人の表現手法とも云える。
だってね。
「こうです、あーです」と
誰も頼んでないのに書いたりしちゃうんだ。
隠れてこそこそ言ってるのとは訳が違う。
こう世の中爛熟してると“表現しない”
を表現手法として用いる連中のご登場も
相成るわけで、
そう言った手合いよりは良い悪いは別として、
よっぽどストレートである。
また実際着手してみると解るが、
これまた継続が困難を極める。
だってね。
最初から誰が考えても無駄である作業を
続けていくのだ。これは結構大変ですよ。
それを続けていけるんだから何かあるんだろう?
と考えるのが人の常。そうですね。
それなりに報酬が存在するから
続けるのでしょう。
千差万別十人十色それなりな報酬が
あるから着手するのは間違いない。
各個人の報酬については色々とあるだろう
からこれまた割愛です。

さてさててめえの報酬のためにインターネット
というシステムの中に誰もが
必要としてない代物を流出し、
それを偶然見た人つまり閲覧者は
その自慰行為を見せられて堪ったものではない。
なんて考えの人もいるでしょう。
そういう人は見なければいいんだろうけど、
観てるから腹も立つのでしょうから、
フォローしておこうかな。
まあ望もうとのぞまざろうと
閲覧して不快な思いをした人は
多いことだろうと思います。
そんなことは百も承知二百も合点では
あるのですが、
下記のような考えは如何でしょうかね?

例えばね。
インターネットが普及する以前、
我々はその道の専門家や作家、マスコミ
など極少数の皆様の執筆した文章を読むこと
しか出来なかった。
例えば、ご近所の八百屋さんとか、
コンビニのバイト、会社の受付嬢、浮浪者、
警察官などなどの文章や写真を見ることは
なかった。
それを閲覧できるというのは
全く無駄なことだとしても、
情報の取捨の幅が広がっていることは
間違いないでしょう。
自分の基準がしっかり備わっていれば、
情報は多いほど良いに決まっている。
TVをはじめマスメディアに100%
たよりっぱなしから脱出できるかもしれない
可能性に秘めている。
結局自分に基準がないと情報なんて
幾らあっても邪魔なだけですけども、
だったら中途半端にTVみたり、
良いモノと言われてるものだけを
生活に取り入れるよりずっといい。
悪いモノを観るから良いモノが解ってくる
とは思いませんかね?
また前述の作成者の皆様も自分で
執筆しなくてはならない都合上、
人様の文章を読むはめになる。
昨今読書家が増えてる片棒を担いでいると
云えなくもない。

ただ現実問題として、例えば若い芸術家など、
情報発信しなくてはならないのに、
本業が忙しく、
ウェブサイトなど開いている余裕がないなど
の意見をよく耳にします。
つまり
発信する材料を多大に持っている人間ほど、
着手しにくいのが現状です。
立ち上げ当初ただやってみたいからという理由
で着手したウェブサイトも
年月を重ねていけば、
必ず内容の無さという壁にぶつかる事でしょう。継続していくにはそれなりに内容を
見付けてこなくては成らない。
曰くタレント・アーティストのファンサイトで
あったりすれば、たちどころに解決する問題が、
個人の情報発信だけに着目して構築すると、
長くても1年でもたなくなる。
この無駄だと言われてる個人サイトのため
わざわざ学習し、
内容を重ねていく作業を惜しめば、
閉鎖と相成るのでありますな。

とまあ長々ずらずら書きましたが、
もっと書きたいことは山ほどあるのですが、
5年やそこらであーだこーだと言っても
始まらないから
結論(というほどのものにあらずだが)
ヲ急ぎます。

私痲酔は先日「堕蟲網家頁」というホームページ
を立ち上げました。
このサイトは私が五年間かけて
個人サイト閲覧者として方々を巡り、
己の基準で「良い」と決めた皆様を
告知するために立ち上げたものです。
大学の後輩のポエマーKを除く11名は
各個人サイトから彼らの情報を知り、
興味をそそられた方々であります。
その私の閲覧者意識をそそられた人間を
少しでも多くの皆様に知っていただき、
私の生理的基準に近い皆様と知り合えたら
幸いだと考える次第です。

いまだ初めて間もないメンバーもおりますが、
殆どの連中が永年個人ウェブサイトを運営し、
まだまだ途上とはいえ、
すいも甘いも経験してきております。
もし無駄である個人ウェブサイトが少しでも
何かの役に立つのだとすれば、
私自身このメンバーに期待したいと思います。

中にはウェブ以外に、
実際役者やミュージシャン、アーティストなど
活動を手がける者もおります。
彼らの日記は少なからず、
ドギュメンタリーとしてその活動を
バックアップする事だと思います。

さてお立ち会い
是非是非百聞は一見に如かずであります

PC
http://virusdust.net
i-mode/ezweb
http://virusdust.net/i
j-sky
http://virusdust.net/j

というわけで宣伝その2でした。