うわの空・藤志郎一座2004 春の本公演「水の中のホームベース」

最近気がついたが私はどうも記憶力が悪い。
「業が深いから直ぐに忘れないと保たないのだ」
と嘗て知人に言われたが、そうかもしれない。
「忘れてしまうくらいだから大した思い入れもないのだ」
とこれまた誰かに言われたが、これはそうでもない。
単にいい加減なのだろうか。それもあるかもしれない。
しかしこんな私でもふとした弾みで記憶を蘇らせ
著しいほどの自戒の念を感じたり、他者への感謝に震えることだってある。
この記憶という奴は過去とか個人的な歴史と言い換えることが出来る。
過去の出来事やその人の歴史はほぼ記憶を頼ったものである
と断言しても差し支えないように思う。
するとその人個人や周囲の人間にも忘却の彼方へ葬り去られた記憶は過去や歴史としても存在しえないものと成りうる。
しかし例えば詳細に渡る記憶が存在しなくても、
形式や概略といった範疇には存在したりするので、
過去や歴史が抹消される心配もないし、其程困ったりもしないだろうね。
例えば、私はガキの頃サッカー、剣道をやっていたらしいが
まるで記憶にない。中学で卓球部に所属していた事実は記憶しているし
卓球場の匂いや質感は憶えているけれど
その活動の詳細をまるで記憶していない。
しかしふとした弾みで当時の同学年の輩を思い出したりするし
感情が押し寄せてきたりする。
普段の生活に関わりがない。日常に直接的に地続きでない記憶は残りにくいのかもしれない。
とはいうものの理屈というか、頭の中では地続きであるなしに関わらず過去や歴史の全てが私の形成に一役買ってることはいうまでもないという理解はある。
理解なんざしなくても、それは事実であろうな。
結果だけ見てその過程を無視できるほどできちゃいないから
当然だとは思う。
その記憶一個一個を対象に解釈をつけ、出来事を両面から眺めてやるといった作業は必要であっても物理的に不可能だから
忘却という手っ取り早い手段にでるのかも知れない。
ハードディスクの容量が少ないので、ごみ箱に捨てるも
きちんとハードディスク内に残っているのとおんなじで
忘却といえどもちゃんとは消えてないから時々噴出したときに
立ち止まって見つめる程度でなんとか保っているし、
そうでないと容量いっぱいになり、機動すらままならなくなっちまうのであろうか。
だとすりゃあ。資源的にも経済的にも直ぐ忘れちまった方がいい。
忘れっぽいので得した例も確かにある。
例としては心理ゲーム。一度本を買えば何度でも楽しめちまう。
しかし綺麗さっぱり忘れることもできない。全部忘れられれば毎日が新鮮でいいのにね。
中途半端だがそれでいいのだろう。
さて紀伊国屋ホールという鰻の寝床と称われる劇場に足を運んだ。
このホール、舞台と客席が同じ幅で奥行きがかなり長い。
新宿の紀伊国屋という本屋の一角に存在する有名な劇場だ。
紀伊国屋初進出らしいうわの空・藤志郎一座さんの公演にカラポロピレン公爵に誘われ足を運んだ。
舞台はとある居酒屋。ママと弟とバイトで経営している模様。
其処に一見の一人客が次々と訪れる。
しかしこの一見と思われていたお客さま一同、実は同じ少年野球のチームのメンバーであった。
エースが集めた同窓会で、実はマネージャーがここのママというわけ。
かなり久しぶりに集まったのでお互い顔が解らない。
更に最も男らしかった男性は女性になっていたり、
一番ひ弱で使いパシリにされていたチームメイトがかなり強面となり、
キャプテンが失業していて、俊足の韋駄天と呼ばれていた者が
かなり老け込んでいたりと、確かにその変貌ぶりに記憶が蘇ってこない様子。
とある小さな村出身の野球部OB会一同の学校はダムに埋没してしまい。逢うことがままならなかったのである。
しかし肝心のメンバーを集めたエースがなかなかやってこない。
エースはプロ選手になり、まあ泣かずとばずで引退したようだ。
そこにとある女性が舞い込んできた。
ナンダカワカラナイが、嘗てウグイス嬢をしていたという女性。
実はエースのかみさん。しかもエースは最近亡くなったらしい。
やりきれない面々はエース夫人の最近の思い出話を聞く。
グラウンドが沈むダムを夫婦で見学してきたという。
しかも其処にはダムの底にはしっかりホームベースが見えたという。
日常生活と直接地続きではない記憶の断片が彼らをその居酒屋へと吸い寄せ、
更にそのホームベースの存在になんとも云えぬ感情が芽生える。
過去や歴史を忘れてしまうのは嫌悪感からだけではないだろうが、
過去や歴史に救われるということならば、人間そんなに忘れないのかもしれない。
私にとってそんな場所はあるのだろうか?
きっとあるだろう。しかし、今は思い出せない。
いつかその想い出に救われることを今から待ちわびている。

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