亀田

我が家の他界したお袋の実家は新潟は亀田にある。
亀田とは例の亀田製菓のあるところであり、ここの駅がまたいい。
ちょいと親戚の見舞いとばかりにそちらにはせ参じる次第となったが
結局日帰りになってしまったよ。
朝早く出かけ、新幹線に飛び乗る。
流石に家の用事だから駅まで父が送ってくれた。とはいっても最寄り駅までだけど。
上越新幹線は久しぶりだ。
今日限定の駅弁を買った。名付けて昭和弁当と称う。
なるほどな食材に舌鼓をうちながら道中、同行した我が妹と風景なんざ愉しみながら
やんややんやとなる。
大宮なんざあっという間だ。なにしろ二時間以上の電車旅。のんびりいこうよ俺達は〜マイク真木だな。
どんな噺をしたかね。全く憶えてない。
大宮を抜けると高崎まではなんだか街がない。
嬉しいね。
越後湯沢にはまだ雪が残ってら、こちとら観光客ありがてえや。
こう水田がおおけりゃ遠くに見える人影も気になっちゃうね。
座頭市だね。
というわけで新潟駅に到着。ターミナルだってのに在来線は自動改札じゃないな
在来線で二駅越後石山の次が亀田だ。
亀田ってえと、亀田製菓だはさっき書いたっけ。
在来線は扉開くにもボタン押すんだ。ちょっとした手動。
亀田駅に到着。もちろん迎えはなく、駅前はタクシー会社とどさんこ。
余談だがこのラーメン「どさんこ」、夏休みにここを訪れることの多かった痲酔のガキは本気で
新潟地場産のラーメン屋だと思いこんでいた。
亀田駅をまっつぐ抜けると郵便局なんかがあって
その向こうはそこそこ栄えている
道沿いにも蔦屋とかファミレスなんかもある。
なんじゃ村という名の百円ショップの裏側が内のお袋の姉の家。
そちらにこちとら用事がある。
従姉妹がちょいと病でして、その従姉妹の妹がブルースハーピストで
蟲にも名を連ねている居相毅の嫁でして・・・・彼女もこちらに来てまして。
まあなんか適当に喋り、駄弁り、時は刻々と刻まれていき、
飯だ飯だとなり、新潟に来たけど夢庵でなんか酢飯に魚介類のステーキが乗った奴を食う。
こっちに来ると喰ってばかりだ。
今度は本家へお邪魔様となる。
こんだ、亀田駅出たら、左に真っ直ぐいって「いろは」という寿司屋がお袋の実家なのである。
神田のいろはののれん分けである。
お袋のお袋、わたしのお祖母に会う手はずである。
しかしこちとらアポイントメントなんざとらないから居ないとなる。
イトーヨーカドーに行ったとのこと。
本家の長男の嫁がばあさんをよく見てくれていて感謝なのである。
ありがたいね。
というわけで婆さん元気だった。かなり。
我々を見るや号泣で、なんともかんともなあ。嬉しいね。
あたしゃ大学の後輩でこっちに住んでる男と15:00合流も忘れて
ばあさんとの再会を慶ぶ。爺さんの仏壇に線香を添え、色々頼む。
帰りしな、ばあさんは店の前で見送ってくれた。
我々が見えなくなるまでずっと立ってた。その姿は一生忘れまい。
しかしね。痲酔の野郎、些かこの風土に合わない身なりをしていたせいか
とかく話し掛けられる。しかし方言がきつくて、いや違うかな?何が何だかこちとら解らない。
こっちの言ってることは伝わっているようだが。
しかし出来事を列記するだけでもこれだけだから驚くな。
櫻は満開だ。
東京の櫻は樹全体が丸みを帯び、ピンクの花びらなイメージだが
若干こちらは白みが多く、自由奔放に伸びてる感じ。
いいなあ。
駅の近くに「街の駅」という地域活性プロジェクトのブースがあり、スタッフを募集している。いいなあ。勤めたいなあ
さて居相毅の嫁の従姉妹に連れられ、新潟駅に到着。
万代橋口で待ってる後輩の元へ急ぐ。
万代橋口は地下と地上に出口があり、地上に彼は待っている。
地下出口の先に本屋があり、ここで我がお袋はバイトしてたらしい。
彼と落ち合い、従姉妹と妹と別れ、万代橋へ向かう。
川沿いには桜並木があり、袂のカフェでお茶と成ったが、
休日ということもあり結婚式で貸し切り。
続いて行ったのは、デパートの中のイーストボーイの中のカフェスペース。
そこでかれこれ一時間半お茶。
色々昔話をして、やっと出で立ちにマッチしていると後輩評。
彼も多忙の様子で、これから花見だと言うし、そろそろ帰らないと
こちらも困るって事で、またまた従姉妹と妹と合流。今度はプロント
しかし新潟にいるのになあ。そんなもんだよね。
疲れがでてきたね。
土産買ってカエルかね?
しかし新幹線の時間まで一時間在るしなあ。
回転寿司によって飯だね。
ドタバタ珍道中と呼ぶには半端な一日が終わる。
しかしいいなあ。あんなとこに住みたいなあ。